加江田神社 (かえだ神社、学園木花台の町並み、宮崎のお伊勢さま 元伊勢神明宮 加江田神社、斟鉢山 (くんぱちやま)、宮崎市消防団 木花分団第6部車庫)  (宮崎県 宮崎市 学園木花台 桜)







<標高、位置>  加江田神社 (かえだじんじゃ)は
標高 約20 m
 北緯31度49分35秒  東経131度25分11秒

<標高、位置>  熊野神社 (くまのじんじゃ)は
標高 約20 m
 北緯31度50分01秒  東経131度25分10秒

<標高、位置>  木花神社 (きばなじんじゃ)は
標高 約40 m
 北緯31度49分40秒  東経131度25分57秒

<標高、位置>  宮崎県総合運動公園は
標高 数 m
 北緯31度49分38秒  東経131度26分46秒

<標高、位置>  木花駅 (きばなえき)は
標高 数 m
 北緯31度49分52秒  東経131度26分13秒

<標高、位置>  学園木花台小学校は
標高 約20 m
 北緯31度49分33秒  東経131度25分26秒

<標高、位置>  宮崎大学は
標高 約30 m
 北緯31度49分52秒  東経131度24分52秒

<標高、位置>  学園木花台郵便局は
標高 約20 m
 北緯31度49分54秒  東経131度25分11秒

<標高、位置>  青島変電所は
標高 約20 m
 北緯31度49分48秒  東経131度25分11秒

<標高、位置>  斟鉢山 (くんぱちやま)は
標高 500.4 m
 北緯: 31.474891 度  東経: 131.244720 度


 「加江田神社 (かえだじんじゃ)」は宮崎県 宮崎市 学園木花台 桜 1丁目29番4 にあります。
戦前の旧神社制度で加江田神社は郷社でした。 鎌倉時代以降 日向国を領した伊東家 (江戸期飫肥藩主)も旧 清武郷内5社 (加江田神社 (学園木花台 桜)、熊野神社 (大字熊野)、中野神社 (清武町 木原)、恒久神社 (大字恒久)、加護神社 (大字郡司分 字国富(くどみ)))の筆頭格としてたびたび参詣 (さんけい)しました。 伊勢神楽が伝わっています。 本殿 (神明造)は5.8坪、拝殿 (流造)は20.4坪です。 江戸時代初期の外所大地震 (とんところだいじしん)までは、現在地の南東 約 1 km の加江田橋の近く (加江田川の南岸。)に加江田神社はありました。 津波の被害で現在地に移 (うつ)りました。
パンフレットから、
祭神は天照大御神 (あまてらすおおみかみ)・伊弉諾命 (いざなぎのみこと)・伊弉美命 (いざなみのみこと)です。 大祭日は春季大祭 3月3日、夏祭・神幸祭 旧6月第2卯 (う)の日、秋季大祭 11月23日。 本殿は神明造で寛政11年 (1799年)造営されました。 (飫肥藩主 伊東家寄進)。 沿革は旧 郷社、もと加江田 (海江田)村 中原 (なかばる、現大字加江田の小字。 天照大御神の御誕生の霊跡で、今もなお元伊勢と別称され、当社の旧 鎮座地である。 寛文 (1662年)の外所大地震 (とんところだいじしん)で村ごと海に没 (ぼつ)しました。 里人がかろうじてご神体のみを泥海より奉じ (掘り出し。)、寛文12年 (1672年)に現在地に加江田神社を遷した。 今に残る狛犬 (こまいぬ)は、ほぼ同時期の作です。)にあり加江田伊勢神宮と称 (しょう)した。 飫肥藩主 伊東 氏が社領若干 (じゃっかん)を寄 (よ)せ、祭祀料として、現米2石 (こく)2斗 (と)を奉献しました。 例祭日は陰暦2月亥の日で、この日社人が牛をひきいて耕作の形を擬 (ぎ)し、松葉を以 (も)って苗 (なえ)となし、挿秧 (そうおう、田植えをすること。)の状を行いました。 (神道大辞典 (昭和12年発刊・昭和61年復刻)より。)

 「熊野神社 (くまのじんじゃ)」は宮崎県 宮崎市 大字熊野 にあります。

 「木花神社 (きばなじんじゃ)」は宮崎県 宮崎市 大字熊野 字木花 にあります。

 「学園木花台郵便局」は宮崎県 宮崎市 学園木花台西 1-2-1 にあります。

 「国立大学法人 宮崎大学」は宮崎県 宮崎市 学園木花台西 1丁目1番地 にあります。

 「JR 木花駅」は宮崎県 宮崎市 大字熊野 にあります。

 「学園木花台小学校」は宮崎県 宮崎市 大字熊野 10956 にあります。

 「宮崎県総合運動公園」は宮崎県 宮崎市 大字熊野 1443-12 にあります。

 「斟鉢山 (くんぱちやま)」は加江田川をはさんで西にある双石山(ぼろいしやま)と共に、鵜戸山地(うどさんち)の北のはずれにあります。 南の方に花切山(はなきりやま)、主峰の岩壺山(いわつぼやま)と続く連峰の北端でもあります。 また、斟鉢山は双石山の東3.3 km、花切山(はなきりやま)のほぼ北北東2.5  km、椿山の東北東4.2 km に位置しています。 名前の「斟」の字は普段使わなく難解ですが、、音読みが「シン」で訓読みが「くム」、「おしはカル」です。 汲(く)む、おしはかる、はかりとる、おもいやる、の意味があります。 斟杯は酒を酌む、飲むの意味です。 この くむ がなまって くん になったものと思われます。 「鉢」の字は 盆栽などを植える 植木鉢 の鉢です。 はち が ぱち になったと思われます。 斟鉢は「水や酒を汲(く)む鉢(はち)」の意味と思われます。 斟鉢山は斟八山、古くは久牟鉢山とも書かれることもあります。 山頂の東方向近くの別の峰付近にある くんぱち神社(標高 約440 m) は斟八神社となっています。


写真A: 南を見たものです。 遠くに斟鉢山 (くんぱちやま、標高 500.4 m )が見えます。 その手前に加江田川が右から左へ流れています。 農業用ビニールハウスがあります。



写真B: 奥の山が斟鉢山 (くんぱちやま、標高 500.4 m )です。 南を見たものです。



写真C: 北西を見たものです。 コンビニ店のファミリーマートがあります。 このあたりは宮崎市 学園木花台桜です。



写真D: 西を見たものです。 このあたりは学園木花台桜です。



写真E: 南を見たものです。



写真F: 南東を見たものです。



写真G: 東を見たものです。 奥にJR日南線、国道220号、木花神社、木花駅、宮崎県総合運動公園などがあります。 このあたりは学園木花台桜です。 その奥に学園木花台南、右は加江田があります。



写真H: 北東を見たものです。



写真I: 学園木花台桜です。 「風来軒」と書いてあります。



写真J: コンビニ店のファミリーマートが見えます。



写真K: 奥の森が「加江田神社 (かえだじんじゃ)」の鎮守の森 (ちんじゅのもり)です。 北を見たものです。 学園木花台桜です。



写真L: 加江田神社の鎮守の森 (ちんじゅのもり)があります。



写真M: 北を見たものです。 左が加江田神社です。



写真N: 加江田神社の石垣 (いしがき)の手前に駐車場があります。 社務所や幟 (のぼり)も見えます。 北西を見たものです。



写真O: 西を見たものです。 右に加江田神社の社務所があります。



写真P: 加江田神社の新しい石の柵 (さく)があります。



写真Q: 加江田神社の石段、鳥居 (とりい)、左に社務所、石碑 (せきひ)などがあります。 西を見たものです。
「加江田神社 (かえだじんじゃ)」は宮崎県 宮崎市 学園木花台 桜 1丁目29番4 にあります。
戦前の旧神社制度で加江田神社は郷社でした。 鎌倉時代以降 日向国を領した伊東家 (江戸期飫肥藩主)も旧 清武郷内5社 (加江田神社 (学園木花台 桜)、熊野神社 (大字熊野)、中野神社 (清武町 木原)、恒久神社 (大字恒久)、加護神社 (大字郡司分 字国富(くどみ)))の筆頭格としてたびたび参詣 (さんけい)しました。 伊勢神楽が伝わっています。 本殿 (神明造)は5.8坪、拝殿 (流造)は20.4坪です。 江戸時代初期の外所大地震 (とんところだいじしん)までは、現在地の南東 約 1 km の加江田橋の近く (加江田川の南岸。)に加江田神社はありました。 津波の被害で現在地に移 (うつ)りました。
パンフレットから、
祭神は天照大御神 (あまてらすおおみかみ)・伊弉諾命 (いざなぎのみこと)・伊弉美命 (いざなみのみこと)です。 大祭日は春季大祭 3月3日、夏祭・神幸祭 旧6月第2卯 (う)の日、秋季大祭 11月23日。 本殿は神明造で寛政11年 (1799年)造営されました。 (飫肥藩主 伊東家寄進)。 沿革は旧 郷社、もと加江田 (海江田)村 中原 (なかばる、現大字加江田の小字。 天照大御神の御誕生の霊跡で、今もなお元伊勢と別称され、当社の旧 鎮座地である。 寛文 (1662年)の外所大地震 (とんところだいじしん)で村ごと海に没 (ぼつ)しました。 里人がかろうじてご神体のみを泥海より奉じ (掘り出し。)、寛文12年 (1672年)に現在地に加江田神社を遷した。 今に残る狛犬 (こまいぬ)は、ほぼ同時期の作です。)にあり加江田伊勢神宮と称 (しょう)した。 飫肥藩主 伊東 氏が社領若干 (じゃっかん)を寄 (よ)せ、祭祀料として、現米2石 (こく)2斗 (と)を奉献しました。 例祭日は陰暦2月亥の日で、この日社人が牛をひきいて耕作の形を擬 (ぎ)し、松葉を以 (も)って苗 (なえ)となし、挿秧 (そうおう、田植えをすること。)の状を行いました。 (神道大辞典 (昭和12年発刊・昭和61年復刻)より。)



写真R: 来た道を振 (ふ)り返ったものです。 南を見たものです。



写真S: 遠くに斟鉢山 (くんぱちやま、標高 500.4 m )が見えます。 南を見たものです。



写真T: 狛犬 (こまいぬ)、鳥居 (とりい)、石段、石灯籠 (いしどうろう)、幟 (のぼり)、奥に拝殿が見えます。 加江田神社です。



写真U: 階段の左に「車坂・山下土地区画整理事業 記念碑 (ひ)」と彫 (ほ)ってある石碑 (せきひ)があります。



写真V: 石碑 (せきひ)の下に「車坂・山下土地区画整理審議会委員、地図」と書いてあります。 左に「お伊勢さま 加江田神社 P 駐車場」と書いてある看板 (かんばん)があります。



写真W: 加江田神社の駐車場です。 南を見たものです。



写真X: 「加江田神社」と彫 (ほ)ってあります。



写真Y: 階段の右に石碑 (せきひ)があります。



写真Z: 「宮崎のお伊勢さま 元伊勢神明宮 加江田神社」と書いてあります。



写真AA: 石段から見たものです。



写真AB: 「記念碑 社務所竣工 (しゅんこう、完成すること。)」と彫 (ほ)ってあります。 右奥は社務所です。



写真AC: 電球が見えます。 奥は社務所です。 右端は狛犬 (こまいぬ)です。



写真AD: 加江田神社の狛犬 (こまいぬ)と石灯籠 (いしどうろう)、御神灯があります。



写真AE: 北東を見たものです。



写真AF: 石碑 (せきひ)、狛犬 (こまいぬ)、石灯籠 (いしどうろう)があります。 北を見たものです。



写真AG: 鳥居 (とりい)に「加江田神社」、「奉寄進」、「平成6年4月吉日」と書いてあります。 奥に拝殿も見えます。



写真AH: 御神灯があります。



写真AI: 狛犬 (こまいぬ)、石灯籠 (いしどうろう)、御神灯も見えます。



写真AJ: 鳥居 (とりい)の額 (がく)に「加江田神社」と書いてあります。 しめ縄、御幣 (ごへい)もあります。 奥の杉の木も見えます。



写真AK: 「加江田神社改築記念碑 (ひ)」と彫 (ほ)ってあります。 北を見たものです。



写真AL: 掲示板 (けいじばん)、ベンチもあります。



写真AM: 掲示板 (けいじばん)です。



写真AN: 「奉納碑 (ひ) 平成24年2月24日」と彫 (ほ)ってある石碑 (せきひ)があります。 西を見たものです。



写真AO: 「緑の保全地区 宮崎市」の看板 (かんばん)があります。



写真AP: 境内 (けいだい)に高い杉の木が多くあります。



写真AQ: 大きな杉の木です。



写真AR: 社務所です。 南を見たものです。



写真AS: 多くの御神籤 (おみくじ)を縛 (しば)り付けてあります。 左に絵馬 (えま)も見えます。



写真AT: 願い事を書いてある木製の絵馬と御神籤 (おみくじ)です。



写真AU: 北を見たものです。



写真AV: 2つの末社があります。 右が福智神社で左が御年神社です。



写真AW: 中にお賽銭箱 (さいせんばこ)もある末社です。



写真AX: しめ縄もあります。 末社です。



写真AY: 丸い穴の空 (あ)いた石造物もあります。 しめ縄、御幣 (ごへい)があります。



写真AZ: 社殿の北側です。



写真BA: 加江田神社の拝殿です。 西を見たものです。 日の丸の旗 (日章旗)があります。 ここにも狛犬 (こまいぬ)、石灯籠 (いしどうろう)があります。



写真BB: 加江田神社の拝殿です。 しめ縄もあります。
「加江田神社 (かえだじんじゃ)」は宮崎県 宮崎市 学園木花台 桜 1丁目29番4 にあります。



写真BC: 南を見たものです。



写真BD: 南東を見たものです。 社務所があります。



写真BE: 東を見たものです。 鳥居 (とりい)、社務所、左に末社があります。



写真BF: 末社です。



写真BG: 北を見たものです。



写真BH: 加江田神社の境内 (けいだい)です。



写真BI: 拝殿の上部です。 横木の端 (はし)に象の彫り物 (ほりもの)もあります。 横木に彫刻 (ちょうこく)があります。



写真BJ: 拝殿の中部です。 鈴 (すず)も見えます。



写真BK: 拝殿の下部です。 鈴 (すず)の紐 (ひも)、階段もあります。



写真BL: 北西を見たものです。



写真BM: 拝殿のそばの狛犬 (こまいぬ)と石灯籠 (いしどうろう)です。



写真BN: 拝殿の鈴 (すず)と鈴紐 (ひも)です。 蛍光灯もあります。



写真BO: 拝殿の中です。 太鼓 (たいこ)もあります。



写真BP: 拝殿の中。 右にお神輿 (みこし)があります。



写真BQ: 拝殿の中です。 「献灯」と書いてある提灯 (ちょうちん)があります。



写真BR: 拝殿の上部です。



写真BS: 東を見たものです。 石灯籠 (いしどうろう)があります。



写真BT: 加江田神社の境内 (けいだい)です。



写真BU: 境内 (けいだい)の上部です。



写真BV: 高い木があります。



写真BW: 末社が見えます。 北東を見たものです。



写真BX: 北を見たものです。 左は拝殿です。



写真BY: 拝殿の側面が見えます。



写真BZ: 西を見たものです。 奥に本殿の屋根も見えます。



写真CA: 社殿の側面です。



写真CB: 北を見たものです。 左は拝殿。



写真CC: 大きな植物があります。



写真CD: 加江田神社の本殿です。 屋根に外切りの千木 (ちぎ)と3つの鰹木 (かつおぎ)があります。
本殿は神明造で寛政11年 (1799年)造営されました。



写真CE: 本殿の下部です。



写真CF: 西を見たものです。 石灯籠 (いしどうろう)があります。



写真CG: 社殿の側面です。



写真CH: 拝殿の側面です。



写真CI: 拝殿の側面の下部です。



写真CJ: 東を見たものです。



写真CK: 南を見たものです。 拝殿です。



写真CL: 日の丸の旗 (日章旗)があります。



写真CM: 野草の「ツワブキ」があります。



写真CN: 右は本殿です。 屋根に外切りの千木 (ちぎ)と円筒形の3つの鰹木 (かつおぎ)があります。
本殿は神明造で寛政11年 (1799年)造営されました。



写真CO: 本殿の下部です。



写真CP: 西を見たものです。



写真CQ: 東を見たものです。 加江田神社の境内 (けいだい)です。



写真CR: 末社の斟鉢神社 (くんぱちじんじゃ)です。 背景に斟鉢山 (くんぱちやま、標高 500.4 m )が見えます。



写真CS: 小型の鳥居 (とりい)に「斟鉢神社 (くんぱちじんじゃ)」と書いてあります。



写真CT: 加江田神社の境内 (けいだい)にある斟鉢神社 (くんぱちじんじゃ)から見た斟鉢山 (くんぱちやま、標高 500.4 m )です。 南を見たものです。



写真CU: 手水舎 (ちょうずや)です。 しめ縄、御幣 (ごへい)もあります。 左は社務所です。 南を見たものです。



写真CV: 手水鉢 (ちょうずばち)です。 中に丸い石があります。 柄杓 (ひしゃく)もあります。 水道も見えます。



写真CW: 手水舎 (ちょうずや)の電球が見えます。



写真CX: 「奉納」と書いてある手ぬぐいがあります。



写真CY: 手水舎 (ちょうずや)のしめ縄と電球などです。



写真CZ: テーブルと椅子 (いす)などがあります。 南を見たものです。



写真DA: 社務所に「受付・授与所」と書いてあります。 「納札箱」と書いてある箱もあります。 しめ縄が見えます。



写真DB: 加江田神社の社務所です。



写真DC: 社務所の入り口です。



写真DD: 東を見たものです。 奥にしめ縄を巻いてある杉の木があります。 御神木と思われます。 右は社務所です。 加江田神社です。



写真DE: 内側から見た鳥居 (とりい)です。



写真DF: 境内 (けいだい)です。 北を見たものです。



写真DG: 「伊勢宮」と書いてある小型の鳥居 (とりい)があります。 「お伊勢さま 加江田神社」の旧鎮座地の地図があります。



写真DH: 加江田川の南岸に旧 加江田神社は、昔はありました。 その地図と現在のその場所の写真が載 (の)っています。



写真DI: 北を見たものです。 先に熊野神社があります。 左端は加江田神社です。 その奥に消防団の車庫が見えます。



写真DJ: 西を見たものです。 2つ目の鳥居 (とりい)があります。 そこにも加江田神社に入る道があります。 右端は消防団の車庫です。



写真DK: 宮崎市消防団 木花分団第6部車庫です。 加江田神社の北隣 (とな)りにあります。



写真DL: 「宮崎市消防団 木花分団第6部車庫」と書いてあります。



写真DM: 宮崎市消防団 木花分団第6部車庫の上部です。



by 南陽彰悟 (NANYO Shogo)