朝倉観音 (朝倉寺)、仁王像 (におうぞう) (曹洞宗 (そうとうしゅう) 朝倉寺、唐僧 日羅上人 (にちらしょうにん)、石の仁王像、朝倉観音 (朝倉寺)の六地蔵塔 (享保 (江戸中期、1716年〜1736年)16年8月吉日)、長い石段、竹林、本堂、薬師堂、水子 子育 地蔵菩薩、奥の院、朝倉稲荷大明神、日の出公園、神池、守護神 白山様)  (宮崎県 宮崎市 大字金崎(かねざき) 914番地)







<標高、位置>  県道17号線から朝倉観音 (朝倉寺)に行く三叉路 (さんさろ)は
標高 約10 m
 北緯31度58分09秒  東経131度21分47秒

<標高、位置>  朝倉観音 (朝倉寺)は
標高 約40 m
 北緯31度58分02秒  東経131度21分35秒

<標高、位置>  朝倉観音の裏山にある「日の出公園」は
標高 約70 m
 北緯31度57分59秒  東経131度21分34秒


 曹洞宗 (そうとうしゅう)の「朝倉観音 (朝倉寺)」は宮崎県 宮崎市 大字金崎 914 番地にあります。
「朝倉観音 由緒 (ゆいしょ)」の説明板から、
 人皇30代 敏達天皇の御宇、唐僧 日羅上人 (にちらしょうにん) 此 (こ)の地に錫 (すず)を止め聖観世音菩薩を安置し、上は宝作の長久と下は万民安寧 (あんねい)、国家安泰 (あんたい)の祈願所とす。 猶 (なお)日向7堂伽藍 (がらん)第1番の霊地にして霊験顕著なり。 又 境内 (けいだい)に有 (あ)る日の神の生霊地と云 (い)い伝えられる石祠 (いしほこら)の辺 (あた)りには弥生式の土器層を成 (な)し、四方を一眸 (いちぼう、一望と同じ。)に四季の風光佳なり。 朝倉山は、日の神御生所と云 (い)い伝う。 古歌に 日向なる朝倉山に我居 (お)りて 神こそ生れ人の種を。
 朝倉観音 (朝倉寺)は581年に唐僧 日羅上人 (にちらしょうにん)がここに聖観音菩薩を置いて国家安泰の祈願所として開きました。 寺の奥の院に日羅上人開山の板碑 (いたぴ、石碑)があります。 1793年 (寛政 (江戸時代の後期、1789年〜1801年)5年)5月21日に仏像の彫刻 (ちょうこく)などで知られた木喰上人 (もくじきしょうにん)が書を書いた掛け物が朝倉観音 (朝倉寺)にあります。 南無薬師如来、日本廻国、和歌、三界無庵などが書かれています (木喰行道筆南無薬師如来書画幅一軸)。
 「朝倉稲荷大明神」の説明板から、
 この朝倉稲荷は、倉稲魂命 (うがのみたものみこと)をお祀 (まつ)りしたもので白山大権現 (白山妙理大菩薩)と共に朝倉寺の鎮守神 (ちんじゅかみ)であります。 本来稲荷神は、古来から農耕の神として最も広く信仰されて来ましたが、近世以来各種産業、特に五穀豊穣、商売繁盛 (はんじょう)の守護神として信仰を集め、あがめられるようになりました。
 平安時代の名僧 空海 (弘法大師)は稲荷神社を厚く崇敬し東寺 (教王護国寺京都)の鎮守としているほどです。
 ちなみに、旧 金崎村は明治4年の 戸数94戸ありましたが、そのうち66戸が大土神社 稲荷大明神 (現 金崎神社摂社)の氏子で、屋敷氏神として祭祀している家も34戸を数 (かぞ)えていました。 (金崎神社氏子) このように、稲荷神は産土神 (うぶすながみ)として村人にも親 (した)しまれ信仰されたのであります。
 この稲荷社は、もと石造りの祠 (ほこら)でありましたが、この度 (たび)銅板屋根葺 (ふき)の祠 (ほこら)に改装され神殿におさまり戴 (いただ)いたものです。 昭和57年3月吉日。
 「守護神 白山様」の説明板から、
朝倉寺の守護神を祀 (まつ)った所で農耕の神としても信仰された。 この丘から大正末期 仏像が掘り出された。 3寸7〜8分の観音像で、金属製の懸仏である。 足利時代のものであると言われ観音堂に安置されています。


写真A: 県道17号線です。 北西を見たものです。 見えている三叉路 (さんさろ)を左 (南西)に曲がると朝倉観音 (朝倉寺)に行きます。 ここは宮崎市 大字金崎 (かねざき)です。 右に中古の自動車販売店があります。



写真B: 県道17号線です。 南東を見たものです。 先に進むと金崎、柳瀬、糸原、有田、跡江などがあります。上を左右に東九州自動車道が通っています。
 江戸時代の中期の1750年 (寛延3年)に宮崎市にあった延岡藩の飛び地の長嶺村・浮田村・大塚村・富吉村・瓜生野村・大瀬町 (途中で浮田村は脱落。)に百姓一揆 (ひゃくしょういっき)がありました  (宮崎5ヶ村騒動)。 課税の強化に反発したそれらの百姓たちは宮崎市 柳瀬に逃散 (とうさん)することを計画していました。 薩摩藩 (さつまはん)の柳瀬は朝倉観音のある金崎の隣り (となり、南東)にあります。 長嶺は妙円寺跡石塔群のある浮田の南西 約1 km のところにあります。 そのときに代官所に頼 (たの)まれて瓜生野の直純寺も調停を引き受けました。 百姓たちの全面勝利になりました。 直純寺に延岡内藤藩は銀2枚を与えました。 また、瓜生野の王楽寺にも金100疋 (ひき) (100疋 = 1貫 = 3.75 kg)を延岡内藤藩は与えました。



写真C: 手前の三叉路 (さんさろ)を左 (南西)に曲がって朝倉寺 (朝倉観音)に行きます。 右に商店があります。



写真D: 水田、農業用ビニールハウス、民家、山などがあります。 右は県道17号線です。
県道17号線を先 (北西)に進むと宮崎市 吉野、国富町、綾町などに行きます。



写真E: 中央の山の上に朝倉観音 (朝倉寺)があります。



写真F: 中央に朝倉観音に登る石段が小さく見えています。 この山に朝倉観音 (朝倉寺)があります。



写真G: 南西を見たものです。 山の上に携帯電話の基地局アンテナが見えます。 左上を手前から奥へ東九州自動車道が通っています。



写真H: この上を東九州自動車道が通っています。



写真I: 東九州自動車道の高架 (こうか)があります。 すぐ左は大淀川 支流の本庄川の東九州自動車道の橋になっています。 東九州自動車道を右 (南西)に進むと宮崎西IC (インターチェンジ)、宮崎PA (パーキングエリア)、清武IC、清武JCT (ジャンクション)、清武南ICなどがあります。 左 (北東)に進むと西都IC、高鍋IC、川南PA、都農IC、日向IC、門川IC、延岡南IC、延岡JCT、延岡IC、北川IC、須美江IC、北浦IC、蒲江波当津ICなどがあります。



写真J: 中古車の販売店があります。 東を見たものです。



写真K: 左端は商店です。



写真L: 左手前を左 (南西)に曲がって朝倉観音に行きます。



写真M: ちょうど田植えが終わっていました。



写真N: 野草の「ジシバリ (イワニガナ)の花」が咲いていました。



写真O: この道を先に進むとT字路があります。 そこを右に曲がって朝倉観音 (朝倉寺)に行きます。 左寄りに東九州自動車道に沿 (そ)った山越えの道が見えています。 この山越えの道を歩いてみました。 そこから東九州自動車道が見えます。



写真P: 田植えの余 (あま)った稲の苗 (なえ)を置いてありました。 右上に幼 (おさ)い田植えが終わった稲が見えます。



写真Q: 田んぼの手前寄りに青のりが浮いているのが見えます。 左寄りの家のすぐ左に朝倉観音の階段があります。 南西を見たものです。



写真R: T字路があります。 ここを右に曲がります。 その手前に小川の橋があります。



写真S: 左の家のすぐ左に朝倉観音の石段があります。 右は小川です。 北西を見たものです。



写真T: 来た道を振 (ふ)り返ったものです。



写真U: 遠くの高架 (こうか)の左寄りは大淀川 支流の本庄川にかかる東九州自動車道の橋になっています。 左の道からも朝倉観音に行くことができます。 その道と県道17号線との交差点に「朝倉観音」と書いてある看板 (かんばん)があります。



写真V: この道を奥から来ても朝倉観音に行くことができます。 その道と県道17号線との交差点に「朝倉観音」と書いてある看板 (かんばん)があります。



写真W: 水田と農業用ビニールハウス、遠くの山々が見えます。



写真X: 北西を見たものです。



写真Y: この十字路から先に進むと朝倉観音 (朝倉寺)があります。 南西を見たものです。



写真Z: 携帯電話の基地局アンテナが見えます。 右の山に朝倉観音があります。



写真AA: 来た道を振 (ふ)り返ったものです。



写真AB: この小川から田んぼに水を入れているのでしょう。



写真AC: これが朝倉観音 (朝倉寺)の石段です。 左の道を登って朝倉観音 (朝倉寺)に車で行くこともできます。 南西を見たものです。
朝倉観音 (朝倉寺)は581年に唐僧 日羅上人 (にちらしょうにん)がここに聖観音菩薩を置いて国家安泰の祈願所として開きました。 寺の奥の院に日羅上人開山の板碑 (いたぴ、石碑)があります。



写真AD: 朝倉観音の石段と坂道の車道です。 石段のそばに標柱があります。



写真AE: この山に朝倉観音 (朝倉寺)があります。 下からは見えません。



写真AF: 階段と登る車道の間に「宝福山 朝倉寺 入口」と書いてある標柱があります。



写真AG: 「宝福山 朝倉寺 入口」と書いてある標柱です。 そばに紫陽花 (あじさい)があります。



写真AH: 「宝福山 朝倉寺 入口」と書いてある標柱。 左手前は石段です。
 


写真AI: 朝倉寺の石段を登ります。



写真AJ: 石段、杉の木などの木があります。



写真AK: 野草の「白色のニワゼキショウの花」が咲いていました。



写真AL: 野草の「ゲンノショウコの花」が咲いていました。



写真AM: 野草の「キランソウの花」が咲いていました。



写真AN: 野草の「ムラサキカタバミの花」が咲いていました。



写真AO: 朝倉寺 (朝倉観音)の参道の石段です。



写真AP: いろいろな木があります。



写真AQ: 登ってきた石段を振 (ふ)り返ったものです。



写真AR: 石段の途中 (とちゅう)から見た景色です。 北東を見たものです。 水田、民家、県道17号線、東九州自動車道の本庄川の橋などが見えます。



写真AS: モウソウダケの竹林、ヤツデもあります。



写真AT: 見上 (あ)げた竹林です。



写真AU: 少し平坦 (へいたん)な道の上にも石段があります。 朝倉観音の参道です。



写真AV: 石段が続いています。 モウソウダケの竹林も見えます。



写真AW: 竹の葉が石段に落ちていました。



写真AX: 朝倉観音 (朝倉寺)の石段の最上部です。 左に「郷土の名木」の標柱があります。 右に「世界人類が平和でありますように。」と書いてある標柱もあります。



写真AY: 「世界人類が平和でありますように。」と書いてある標柱です。



写真AZ: 「郷土の名木 モミ 、指定番号 第181号 昭和51年3月1日」と書いてある標柱です。



写真BA: 「郷土の名木 モミ 、指定番号 第181号 昭和51年3月1日」と書いてある標柱。



写真BB: 「郷土の名木 モミ 、指定番号 第181号 昭和51年3月1日」と書いてある標柱です。



写真BC: 登ってきた石段を見下 (お)ろしたものです。 モウソウダケが多くあります。 朝倉寺 (朝倉観音)です。



写真BD: 近くの木と竹です。 右は「世界人類が平和でありますように。」と書いてある標柱です。



写真BE: 朝倉観音 (朝倉寺)の境内 (けいだい)です。



写真BF: 左に赤い幟 (のぼり)が見えます。 境内 (けいだい)です。



写真BG: 朝倉寺 (朝倉観音)の境内 (けいだい)。 左寄りに車道が見えます。 ここまで車でも来ることができます。



写真BH: 水道のタンクがあります。



写真BI: いろいろな木があります。



写真BJ: 石段の最上部です。



写真BK: 朝倉観音 (朝倉寺)に登ってくる車道です。 舗装 (ほそう)してあります。 ガードレールもあります。



写真BL: 車道の上部です。



写真BM: 「奉納 南無観世音菩薩」と書いてある幟 (のぼり)があります。 奥に自動車、左に本堂も見えます。



写真BN: 自動車、本堂、薬師堂、掲示板 (けいじばん)、石碑 (せきひ)も見えます。 朝倉観音 (朝倉寺)。



写真BO: 井戸があります。



写真BP: ミラーの右は下に降 (お)りる車道です。



写真BQ: 境内 (けいだい)です。 幟 (のぼり)が2つ見えます。



写真BR: 左に建物があります。 中には大きな金魚もいます。



写真BS: 高い木もあります。



写真BT: 左奥は住職さんの住居と思われます。 右の建物には大きな金魚もいました。 自動車も止 (と)まっています。



写真BU: 左奥は本堂です。



写真BV: 左に掲示板 (けいじばん)があります。



写真BW: 掲示板 (けいじばん)、石碑 (せきひ)、石の仁王像 (におうぞう)、六地蔵塔も木の間や竹林のそばに見えます。



写真BX: 左端は下に降 (お)りる車道です。 竹林もあります。



写真BY: ミラーの右は車道です。



写真BZ: 大きな金魚のいる水槽 (すいそう)、テーブル、椅子 (いす)、ポスターなどが建物の中にあります。 右に「奉納 南無観世音菩薩」と書いてある幟 (のぼり)もあります。



写真CA: 朝倉観音の建物に大きな金魚も飼 (か)ってありました。 水草もあります。



写真CB: 「相承」、「花まつり」と書いてあるポスターがあります。
曹洞宗 (そうとうしゅう)の「朝倉観音 (朝倉寺)」は宮崎県 宮崎市 大字金崎 914 番地にあります。



写真CC: 「1.安産祈願、1.安産成就、1.交通安全、1.病気平癒 (へいゆ)、1.進学祈願、1.家内安全、1.水子供養 (くよう)」と書いてある額 (がく)を掛 (か)けてあります。



写真CD: 奥にトイレがあります。



写真CE: 「バンマツリの花」が咲いていました。



写真CF: 動物の遊具が2つあります。 右奥はトイレです。



写真CG: 左奥は住職さんの住居でしょう。



写真CH: 石段の上に住居があります。 郵便受けもあります。



写真CI: 木の奥に本堂があります。
朝倉観音 (朝倉寺)は581年に唐僧 日羅上人 (にちらしょうにん)がここに聖観音菩薩を置いて国家安泰の祈願所として開きました。 寺の奥の院に日羅上人開山の板碑 (いたぴ、石碑)があります。 1793年 (寛政 (江戸時代の後期、1789年〜1801年)5年)5月21日に仏像の彫刻 (ちょうこく)などで知られた木喰上人 (もくじきしょうにん)が書を書いた掛け物が朝倉観音 (朝倉寺)にあります。 南無薬師如来、日本廻国、和歌、三界無庵などが書かれています (木喰行道筆南無薬師如来書画幅一軸)。



写真CJ: 仏像があります。 車道の降 (お)り口の近くです。



写真CK: 「奉納 明治41年 四国88ヶ所 旧 正月24日」と彫 (ほ)ってある石碑 (せきひ)があります。



写真CL: 祠 (ほこら)と仏像です。



写真CM: 石があります。 いろいろな植物もあります。



写真CN: 朝倉観音 (朝倉寺)に有名な石の「仁王像 (におうぞう)」があります。 伽藍 (がらん)守護の神です。 寺門の両脇に安置してあることが多く、1対 (つい)の半裸形の金剛力士です。  左に六地蔵塔もあります。



写真CO: 石碑 (せきひ)、掲示板 (けいじばん)、右に石段と本堂があります。



写真CP: 奥は本堂です。 朝倉寺 (朝倉観音)の境内 (けいだい)です。



写真CQ: 金魚のいる建物です。



写真CR: 右奥に登ってきた長い石段の上部が見えます。



写真CS: 祠 (ほこら)です。



写真CT: 石があります。



写真CU: 朝倉観音 (朝倉寺)の六地蔵塔です。 右に「奉納」と書いてある手ぬぐいがあります。 左下に仏像、右下に手水鉢 (ちょうずばち)があります。



写真CV: 六地蔵塔の下部と石仏です。



写真CW: 朝倉観音 (朝倉寺)の六地蔵塔に「享保 (江戸中期、1716年〜1736年)16年8月吉日」と彫 (ほ)ってあります。



写真CX: 六地蔵塔に「享保 (江戸中期、1716年〜1736年)16年8月吉日」と彫 (ほ)ってあります。



写真CY: 6つのお地蔵さまを彫 (ほ)ってあります。



写真CZ: 六地蔵塔の中部です。 お地蔵様の下に蓮 (はす)を彫 (ほ)ってあります。



写真DA: 六地蔵塔の上部です。



写真DB: 六地蔵塔の下部。



写真DC: 六地蔵塔の下部です。



写真DD: 六地蔵塔の中部です。



写真DE: 「安産祈願 奉納 朝倉観音」と書いてある手ぬぐいがあります。



写真DF: 手水鉢 (ちょうずばち)、柄杓 (ひしゃく)があります。



写真DG: 宮崎市 大字金崎にある朝倉観音 (朝倉寺)の「仁王像 (におうぞう)」です。 一部に塗料 (とりょう)が残っています。 中央奥に石仏があります。



写真DH: 口を閉 (と)じた吽形 (うんぎょう)です。 口や衣服に赤色の塗料 (とりょう)が残っています。



写真DI: 仁王様の口を閉 (と)じた吽形 (うんぎょう)です。 口や衣服に赤色の塗料 (とりょう)が残っています。



写真DJ: 花、湯飲み、線香などの供え物 (そなえもの)が仁王さまにあります。



写真DK: こちらは口を開 (あ)けた阿形 (あぎょう)です。



写真DL: こちらの仁王 (におう)さまも口と衣類に赤い塗料 (とりょう)が残っています。



写真DM: 花、線香、湯飲み、籠 (かご)を供 (そな)えてあります。 仁王石像です。



写真DN: 口を閉 (と)じた吽形 (うんぎょう)の後ろ姿です。 衣類に赤い塗料が残っています。 左は六地蔵塔です。



写真DO: 口を開 (あ)けた阿形 (あぎょう)の後ろ姿です。 衣類に赤い塗料が残っています。



写真DP:  口を開 (あ)けた阿形 (あぎょう)の下部です。 台座に苔 (こけ)が生 (は)えています。



写真DQ: いくつかの石仏があります。



写真DR: 並 (なら)んでいる石仏に供え物 (そなえもの)が見えます。



写真DS: 大き目の石仏です。 仁王 (におう)さまの奥にあります。 御幣 (ごへい)、花も供 (そな)えてあります。



写真DT: 大き目の石仏の下方です。



写真DU: こちらにも石仏が並 (なら)んでいます。 苔 (こけ)が美しい。



写真DV: 祠 (ほこら)の中に石仏を安置してあります。 花、線香、湯飲みなども供 (そな)えてあります。 右は仁王さまの口を開 (あ)けた阿形 (あぎょう)です。



写真DW: 祠 (ほこら)の下部です。



写真DX: 奥に朝倉観音 (朝倉寺)の薬師堂があります。 苔 (こけ)むした道がすばらしい。



写真DY: 仁王 (におう)さまのところから薬師堂に行く道です。 右側に多くの石仏があります。 左にも石仏があります。 モウソウダケもあります。



写真DZ: 薬師堂に行く道です。



写真EA: 多くの石仏が並 (なら)んでいます。 きれいな花を供 (そな)えてあります。 朝倉寺 (朝倉観音)です。



写真EB: 石仏があります。



写真EC: ずらっと仏 (ほとけ)さまが並 (なら)んでいます。



写真ED: 多くの石仏があります。



写真EE: 台座の上に石仏があります。



写真EF: 薬師堂に行く道にたくさんの石仏があります。



写真EG: 長年のうちに石仏がしだいに増えてきたのでしょう。



写真EH: 薬師堂に行く道の石仏の並 (なら)びです。



写真EI: いろいろな植物があります。



写真EJ: こちら側 (薬師堂に向かって左。)にも石仏があります。 花を供 (そな)えてあります。



写真EK: 苔 (こけ)むした石仏があります。 朝倉観音 (朝倉寺)です。



写真EL: 朝倉寺の薬師堂です。 「奉納 南無薬師如来 (なむやくしにょらい)」と書いてある幟 (のぼり)があります。 右奥に本堂が見えます。



写真EM: 薬師堂の石段です。



写真EN: 薬師堂の中です。 格子扉 (こうしとびら)の奥に仏像があります。 手前にも仏像があります。 ロウソク、花を供えてあります。



写真EO: 薬師堂です。 右に陶器製 (とうきせい)と思われる仏像があります。 鐘 (かね)、線香、ロウソク、花もあります。



写真EP: こちらにも陶器 (とうき)製と思われる仏像があります。 線香もあります。 薬師堂です。



写真EQ: 薬師堂のそばから朝倉観音 (朝倉寺)の「奥の院」に上 (のぼ)る石段が続いています。 手すりが見えます。



写真ER: 奥の院に上る石段の途中 (とちゅう)(右手。)に「奉納 水子 子育 地蔵菩薩 (じぞうぼさつ)」と書いてある幟 (のぼり)があります。 多くの石仏があります。



写真ES: 登ってきた石段を振 (ふ)り返ったものです。 薬師堂の石段も見えます。



写真ET: たくさんの石仏 (お地蔵さま)が並 (なら)んでいます。 「奉納 水子 子育 地蔵菩薩 (じぞうぼさつ)」と書いてある幟 (のぼり)があります。



写真EU: たくさんの石仏があります。



写真EV: 朝倉観音 (朝倉寺)の水子 子育 地蔵菩薩 (じぞうぼさつ)です。



写真EW: 水子 子育 地蔵菩薩 (じぞうぼさつ)です。



写真EX: 水子 子育 地蔵菩薩 (じぞうぼさつ)です。



写真EY: 多くのお地蔵様の上方です。 高い杉の木もあります。



写真EZ: ロウソク、線香、手ぬぐい、右に手水鉢 (ちょうずばち)、奥に背の高い石仏が2つ見えます。 朝倉観音 (朝倉寺)の水子 子育 地蔵菩薩 (じぞうぼさつ)です。



写真FA: 下に「朝倉寺」と書いてあります。 賽銭箱 (さいせんばこ)、線香 (せんこう)、ロウソク、花、右上に手ぬぐいもあります。



写真FB: 2人の子供がお地蔵様に縋 (すが)り付いている像があります。 「奉納 水子 子育 地蔵菩薩 (じぞうぼさつ)」と書いてある幟 (のぼり)があります。



写真FC: 2人の子供がお地蔵様に縋 (すが)り付いている像の下部です。 台座の上にあります。



写真FD: 台座です。



写真FE: 奥の円筒形の墓は僧職の人の墓石です。 円筒形の墓も多くあります。 手前は仏像です。



写真FF: 円筒形の墓と石柱の供養塔 (くようとう)が見えます。 朝倉観音 (朝倉寺)です。



写真FG: 右奥に本堂があります。



写真FH: 手水鉢 (ちょうずばち)、水道、柄杓 (ひしゃく)、薬缶 (やかん)などが見えます。



写真FI: 奥の院に登る石段です。 手すりがあります。



写真FJ: 登ってきた石段を振 (ふ)り返ったものです。 下方に「奉納 水子 子育 地蔵菩薩 (じぞうぼさつ)」と書いてある幟 (のぼり)が見えます。



写真FK: 石塔、石仏があります。



写真FL: 奥の院の手水舎 (ちょうずや)です。 手ぬぐい、左に説明板があります。



写真FM: 道があります。



写真FN: 「朝倉観音 由緒 (ゆいしょ)」の説明板があります。
 人皇30代 敏達天皇の御宇、唐僧 日羅上人 (にちらしょうにん) 此 (こ)の地に錫 (すず)を止め聖観世音菩薩を安置し、上は宝作の長久と下は万民安寧 (あんねい)、国家安泰 (あんたい)の祈願所とす。 猶 (なお)日向7堂伽藍 (がらん)第1番の霊地にして霊験顕著なり。 又 境内 (けいだい)に有 (あ)る日の神の生霊地と云 (い)い伝えられる石祠 (いしほこら)の辺 (あた)りには弥生式の土器層を成 (な)し、四方を一眸 (いちぼう、一望と同じ。)に四季の風光佳なり。 朝倉山は、日の神御生所と云 (い)い伝う。 古歌に 日向なる朝倉山に我居 (お)りて 神こそ生れ人の種を。 と。
と書かれています。



写真FO: 「朝倉観音 由緒 (ゆいしょ)」の説明板です。
 人皇30代 敏達天皇の御宇、唐僧 日羅上人 (にちらしょうにん) 此 (こ)の地に錫 (すず)を止め聖観世音菩薩を安置し、上は宝作の長久と下は万民安寧 (あんねい)、国家安泰 (あんたい)の祈願所とす。 猶 (なお)日向7堂伽藍 (がらん)第1番の霊地にして霊験顕著なり。 又 境内 (けいだい)に有 (あ)る日の神の生霊地と云 (い)い伝えられる石祠 (いしほこら)の辺 (あた)りには弥生式の土器層を成 (な)し、四方を一眸 (いちぼう、一望と同じ。)に四季の風光佳なり。 朝倉山は、日の神御生所と云 (い)い伝う。 古歌に 日向なる朝倉山に我居 (お)りて 神こそ生れ人の種を。 と。
と書かれています。



写真FP: 「朝倉観音 由緒 (ゆいしょ)」の説明板。
 人皇30代 敏達天皇の御宇、唐僧 日羅上人 (にちらしょうにん) 此 (こ)の地に錫 (すず)を止め聖観世音菩薩を安置し、上は宝作の長久と下は万民安寧 (あんねい)、国家安泰 (あんたい)の祈願所とす。 猶 (なお)日向7堂伽藍 (がらん)第1番の霊地にして霊験顕著なり。 又 境内 (けいだい)に有 (あ)る日の神の生霊地と云 (い)い伝えられる石祠 (いしほこら)の辺 (あた)りには弥生式の土器層を成 (な)し、四方を一眸 (いちぼう、一望と同じ。)に四季の風光佳なり。 朝倉山は、日の神御生所と云 (い)い伝う。 古歌に 日向なる朝倉山に我居 (お)りて 神こそ生れ人の種を。 と。
と書かれています。



写真FQ: 「朝倉観音 由緒 (ゆいしょ)」の説明板です。
 人皇30代 敏達天皇の御宇、唐僧 日羅上人 (にちらしょうにん) 此 (こ)の地に錫 (すず)を止め聖観世音菩薩を安置し、上は宝作の長久と下は万民安寧 (あんねい)、国家安泰 (あんたい)の祈願所とす。 猶 (なお)日向7堂伽藍 (がらん)第1番の霊地にして霊験顕著なり。 又 境内 (けいだい)に有 (あ)る日の神の生霊地と云 (い)い伝えられる石祠 (いしほこら)の辺 (あた)りには弥生式の土器層を成 (な)し、四方を一眸 (いちぼう、一望と同じ。)に四季の風光佳なり。 朝倉山は、日の神御生所と云 (い)い伝う。 古歌に 日向なる朝倉山に我居 (お)りて 神こそ生れ人の種を。 と。
と書かれています。



写真FR: 「御宮参り 奉納 朝倉観音」と書いてある手ぬぐいがあります。



写真FS: 手水鉢 (ちょうずばち)に「奉納」と書いてあります。 柄杓 (ひしゃく)が3本あります。 奥に「日の出公園」と書いてある標柱があります。 そこが山頂の日の出公園の登り口になっています。



写真FT: 朝倉観音 (朝倉寺)の奥の院です。
曹洞宗 (そうとうしゅう)の「朝倉観音 (朝倉寺)」は宮崎県 宮崎市 大字金崎 914 番地にあります。
朝倉観音 (朝倉寺)は581年に唐僧 日羅上人 (にちらしょうにん)がここに聖観音菩薩を置いて国家安泰の祈願所として開きました。 寺の奥の院に日羅上人開山の板碑 (いたぴ、石碑)があります。



写真FU: 朝倉寺 (朝倉観音)の奥の院に鈴、鈴紐 (すずひも)、御神籤 (おみくじ)箱、お賽銭箱 (さいせんばこ)、石段、階段などがあります。



写真FV: 奥の院の石段です。 手すりがあります。



写真FW: 左手の崖 (がけ)に石仏、石塔、階段があります。



写真FX: 崖 (がけ)の上部に大きめの仏像があります。 衣服に赤い塗料 (とりょう)があるようです。 そこに上 (あ)がる階段があります。 右下にも石仏があります。 上に真竹 (まだけ)があります。



写真FY: 苔 (こけ)のある崖 (がけ)の中腹に石仏が2つ見えます。



写真FZ: こちらにも石仏が2つ見えます。 右手に奥の院があります。



写真GA: 3つの石仏があります。 左下の石仏には花を供 (そな)えてあります。



写真GB: 奥の院の右手にロウソクを多く立てる建物があります。 「おみくじ」と書いてある御神籤販売箱 (おみくじはんばいはこ)があります。 左端は奥の院です。



写真GC: 手水舎 (ちょうずや)の方を見たものです。 石灯籠 (いしどうろう)、石段の手すり、仏像、説明板などが見えます。



写真GD: 左端にも石灯籠 (いしどうろう)があります。 登ってきた長い階段の上部とその手すりも見えます。



写真GE: 奥の院の線香 (せんこう)を立てる所です。 鈴紐 (すずひも)、お賽銭箱 (さいせんばこ)、階段も見えます。



写真GF: 横木に象の彫り物 (ほりもの)があります。 彫刻 (ちょうこく)もあります。 奥の院の鈴 (すず)です。



写真GG: 「奉納」と書いてある赤いお賽銭箱 (さいせんばこ)です。 左は鈴紐 (すずひも)です。 奥の院。



写真GH: 奥の院の中です。



写真GI:  右手にある多くのロウソク立てです。 仏像もあります。



写真GJ: 「土足で あがらないで 下さい。」と書いてあります。 右に陶器製の仏像、ロウソク、線香 (せんこう)、龍 (りゅう)の彫り物 (ほりもの)のある円筒形のものがあります。



写真GK: 立派 (りっぱ)な龍の彫り物 (ほりもの)のある円筒形の物です。 右に線香 (せんこう)、ライター、ロウソクもあります。



写真GL: 奥の院の右側面です。



写真GM: 右側面の上部です。



写真GN: 右手下に本堂が見えます。



写真GO: 本堂の上方です。



写真GP: 多くのロウソクを立てる建物と奥の院の側面です。



写真GQ: 奥の院の裏側です。



写真GR: 奥の院の裏側の上部です。



写真GS: 奥の院の裏の山の様子 (ようす)です。



写真GT: 奥の院の角 (かど)の所です。



写真GU: 奥の院の左側面の様子 (ようす)です。 苔 (こけ)むした土の崖 (がけ)があります。



写真GV: 左側面の上部です。



写真GW: 奥の院の中に太鼓 (たいこ)があります。



写真GX: こちらにも龍の円筒形の置物があります。



写真GY: 朝倉観音 (朝倉寺)の「奥の院」の中です。



写真GZ: 奥の院の中です。



写真HA: 奥の院の中。



写真HB: 奥の院です。



写真HC: 御神籤 (おみくじ)の箱です。



写真HD: 御神籤 (おみくじ)を縛 (しば)り付けてあります。



写真HE: 「日の出公園」と書いてある標柱があります。 右の道を登ると日の出公園に行きます。 左奥に進むと池などがあります。



写真HF: 奥に進むと池などがあります。 説明板があります。



写真HG: 「朝倉稲荷大明神」の説明板があります。
 この朝倉稲荷は、倉稲魂命 (うがのみたものみこと)をお祀 (まつ)りしたもので白山大権現 (白山妙理大菩薩)と共に朝倉寺の鎮守神 (ちんじゅかみ)であります。 本来稲荷神は、古来から農耕の神として最も広く信仰されて来ましたが、近世以来各種産業、特に五穀豊穣、商売繁盛 (はんじょう)の守護神として信仰を集め、あがめられるようになりました。
 平安時代の名僧 空海 (弘法大師)は稲荷神社を厚く崇敬し東寺 (教王護国寺京都)の鎮守としているほどです。
 ちなみに、旧 金崎村は明治4年の 戸数94戸ありましたが、そのうち66戸が大土神社 稲荷大明神 (現 金崎神社摂社)の氏子で、屋敷氏神として祭祀している家も34戸を数 (かぞ)えていました。 (金崎神社氏子) このように、稲荷神は産土神 (うぶすながみ)として村人にも親 (した)しまれ信仰されたのであります。
 この稲荷社は、もと石造りの祠 (ほこら)でありましたが、この度 (たび)銅板屋根葺 (ふき)の祠 (ほこら)に改装され神殿におさまり戴 (いただ)いたものです。 昭和57年3月吉日。
と書かれています。



写真HH: 「朝倉稲荷大明神」の説明板です。
 この朝倉稲荷は、倉稲魂命 (うがのみたものみこと)をお祀 (まつ)りしたもので白山大権現 (白山妙理大菩薩)と共に朝倉寺の鎮守神 (ちんじゅかみ)であります。 本来稲荷神は、古来から農耕の神として最も広く信仰されて来ましたが、近世以来各種産業、特に五穀豊穣、商売繁盛 (はんじょう)の守護神として信仰を集め、あがめられるようになりました。
 平安時代の名僧 空海 (弘法大師)は稲荷神社を厚く崇敬し東寺 (教王護国寺京都)の鎮守としているほどです。
 ちなみに、旧 金崎村は明治4年の 戸数94戸ありましたが、そのうち66戸が大土神社 稲荷大明神 (現 金崎神社摂社)の氏子で、屋敷氏神として祭祀している家も34戸を数 (かぞ)えていました。 (金崎神社氏子) このように、稲荷神は産土神 (うぶすながみ)として村人にも親 (した)しまれ信仰されたのであります。
 この稲荷社は、もと石造りの祠 (ほこら)でありましたが、この度 (たび)銅板屋根葺 (ふき)の祠 (ほこら)に改装され神殿におさまり戴 (いただ)いたものです。 昭和57年3月吉日。
と書かれています。



写真HI: 「日の出公園」と書いてある標柱です。 右の道を登って日の出公園に行きます。



写真HJ: 坂道を登ります。 奥にフェニックスの木があります。



写真HK: 日の出公園に行く道です。



写真HL: このような歩道があります。



写真HM: 山の上の方が見えます。



写真HN: このような登り階段があります。



写真HO: 来た道を見下 (お)ろして振 (ふ)り返ったものです。



写真HP: 来た道を振 (ふ)り返ったものです。



写真HQ: もうすぐ最上部に着 (つ)きます。 ここを登ります。



写真HR: このような木があります。



写真HS: 遠くの景色 (けしき)も見えます。



写真HT: 日の出公園から見たものです。



写真HU: まわりの景色です。



写真HV: このような植物があります。



写真HW: 日の出公園からは、木の上に遠くの風景が見えます。



写真HX: 日の出公園から遠くの景色 (けしき)が見えます。 朝日も見えて「日の出公園」と呼 (よ)ばれているのかもしれません。



写真HY: このような植物を植えてあります。 日の出公園です。



写真HZ: 日の出公園の立木です。



写真IA: 見上 (あ)げたものです。



写真IB: このようなベンチが日の出公園にあります。



写真IC: 日の出公園の高い所です。



写真ID: テレビ受信アンテナとブースターが日の出公園にありました。



写真IE: 高い所なのでテレビ受信アンテナが日の出公園にあります。



写真IF: 日の出公園です。



写真IG: 日の出公園の森です。



写真IH: まわりを見たものです。



写真II: 多くの木があります。



写真IJ: このあたりは高い所です。



写真IK: 日の出公園のベンチです。



写真IL: 日の出公園の様子 (ようす)です。



写真IM: 日の出公園から下 (くだ)ります。



写真IN: 「モウソウダケの筍 (たけのこ)の皮」が落ちていました。



写真IO: 野草の「アザミの花」が咲いていました。



写真IP: 「朝倉稲荷大明神」の説明板です。
 この朝倉稲荷は、倉稲魂命 (うがのみたものみこと)をお祀 (まつ)りしたもので白山大権現 (白山妙理大菩薩)と共に朝倉寺の鎮守神 (ちんじゅかみ)であります。 本来稲荷神は、古来から農耕の神として最も広く信仰されて来ましたが、近世以来各種産業、特に五穀豊穣、商売繁盛 (はんじょう)の守護神として信仰を集め、あがめられるようになりました。
 平安時代の名僧 空海 (弘法大師)は稲荷神社を厚く崇敬し東寺 (教王護国寺京都)の鎮守としているほどです。
 ちなみに、旧 金崎村は明治4年の 戸数94戸ありましたが、そのうち66戸が大土神社 稲荷大明神 (現 金崎神社摂社)の氏子で、屋敷氏神として祭祀している家も34戸を数 (かぞ)えていました。 (金崎神社氏子) このように、稲荷神は産土神 (うぶすながみ)として村人にも親 (した)しまれ信仰されたのであります。
 この稲荷社は、もと石造りの祠 (ほこら)でありましたが、この度 (たび)銅板屋根葺 (ふき)の祠 (ほこら)に改装され神殿におさまり戴 (いただ)いたものです。 昭和57年3月吉日。
と書かれています。



写真IQ: この道を下 (くだ)ります。 左は「朝倉稲荷大明神」の説明板です。



写真IR: 「神池 由緒」の説明板があります。
 この池は、干魃 (かんばつ)のとき、小女が黄金の鍬 (くわ)をもって・・・
と書いてあります。
「守護神 白山様」の説明板があります。
朝倉寺の守護神を祀 (まつ)った所で農耕の神としても信仰された。 この丘から大正末期 仏像が掘り出された。 3寸7〜8分の観音像で、金属製の懸仏である。 足利時代のものであると言われ観音堂に安置されています。
と書いてあります。



写真IS: 「神池 由緒」の説明板です。
 この池は、干魃 (かんばつ)のとき、小女が黄金の鍬 (くわ)をもって・・・
と書いてあります。
「守護神 白山様」の説明板です。
朝倉寺の守護神を祀 (まつ)った所で農耕の神としても信仰された。 この丘から大正末期 仏像が掘り出された。 3寸7〜8分の観音像で、金属製の懸仏である。 足利時代のものであると言われ観音堂に安置されています。
と書いてあります。



写真IT: 「神池 由緒」の説明板。
 この池は、干魃 (かんばつ)のとき、小女が黄金の鍬 (くわ)をもって・・・
と書いてあります。
「守護神 白山様」の説明板。
朝倉寺の守護神を祀 (まつ)った所で農耕の神としても信仰された。 この丘から大正末期 仏像が掘り出された。 3寸7〜8分の観音像で、金属製の懸仏である。 足利時代のものであると言われ観音堂に安置されています。
と書いてあります。



写真IU: 神池のそばに石塔としめ縄 (なわ)があります。



写真IV: 中央付近に神池の水が見えます。 朝倉寺 (朝倉観音)です。



写真IW: 神池の水面と石塔です。



写真IX: 2本の木の間のしめ縄 (なわ)と石塔、神池です。



写真IY: 石仏がいくつかあります。



写真IZ: 水子 子育 地蔵菩薩の近くまで降 (お)りてきました。



写真JA: 道の脇 (わき)に手水鉢 (ちょうずばち)があります。



写真JB: 奥は本堂です。 細い道を進みます。



写真JC: 右は本堂です。 その左に植物の芭蕉 (ばしょう)があります。



写真JD: 本堂です。
曹洞宗 (そうとうしゅう)の「朝倉観音 (朝倉寺)」は宮崎県 宮崎市 大字金崎 914 番地にあります。



写真JE: 本堂の近くです。



写真JF: 「奉納 南無釈迦牟尼佛」と書いてある幟 (のぼり)があります。 本堂です。
横木に象などの彫り物 (ほりもの)があります。 お賽銭箱 (おさいせんばこ)、小型の鐘 (かね)、階段も見えます。



写真JG: 本堂の左の方です。 上部の奥に奥の院などが見えます。



写真JH: 朝倉観音 (朝倉寺)の本堂です。



写真JI: 朝倉寺 (朝倉観音)の本堂です。 鐘 (かね)も見えます。



写真JJ: 本堂の右手です。



写真JK: 鐘 (かね)を吊 (つ)るしてあります。



写真JL: 鐘 (かね)を打 (う)つ撞木 (しゅもく)を柱の所に掛 (か)けてあります。



写真JM: ガラスのところに寺紋 (じもん)と思われるものがあります。 「相承」と書いてあるポスターがあります。 左下に線香などが見えます。



写真JN: 「浄財」と書いてあるお賽銭箱 (さいせんばこ)があります。



写真JO: 朝倉寺 (朝倉観音)です。



写真JP: 本堂の上方です。



写真JQ: ランのエビネの仲間かもしれません。 花が咲いていました。



写真JR: 朝倉寺 (朝倉観音)の掲示板 (けいじばん)です。



写真JS: 掲示板のそばです。



写真JT: 石碑 (せきひ)です。



写真JU: 仁王様 (におうさま)のところに戻 (もど)って来ました。



写真JV: 「朝倉寺新興100年事業記念碑 (ひ)」と書いてあります。



写真JW: 境内 (けいだい)です。



写真JX: これから左の車道を歩いて下 (くだ)ります。



写真JY: モウソウダケもあります。



写真JZ: この車道を下 (くだ)ります。



写真KA: 高い杉の木もあります。



写真KB: ロープが張 (は)ってある林道があります。



写真KC: 車道は舗装 (ほそう)してあります。



写真KD: 畜舎 (ちくしゃ)と思われる建物があります。



写真KE: 車道のそばです。



写真KF: 遠くに東九州自動車道の橋 (本庄川)が見えます。



写真KG: 農業用ビニールハウス、田んぼ、建物、遠くの山などが見えます。 坂道の途中 (とちゅう)から見たものです。



写真KH: この車道を下 (くだ)ります。



写真KI: 田植え機、トラクターなどもあります。



写真KJ: 奥に家畜の飼料 (しりょう)の白い円筒形のものが見えます。



写真KK: 高い杉の木が並 (なら)んでいます。



写真KL: 野草の「クサイチゴの実」がありました。



写真KM: 降 (お)りてきた坂道を振 (ふ)り返ったものです。



写真KN: 車道からの景色 (けしき)です。



写真KO: 見晴 (みは)らしが良い坂道です。



写真KP: かなり下 (くだ)ってきました。



写真KQ: 農業用ビニールハウス、東九州自動車道の本庄川の橋、県道17号線、田んぼも見えます。



写真KR: 井戸と思われます。



写真KS: 「宝福山 朝倉寺 入口」と書いてある標柱のところに戻 (もど)って来ました。



写真KT: 始めに登った朝倉寺の参道の石段です。



by 南陽彰悟 (NANYO Shogo)